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エリック・レッシング
Erich Lessing

 

エリック・レッシング 

オーストリア人

1923年ウィーン生 -

ウィーン在住

 

1923年ウィーンで歯科医とピアニストの両親のあいだに生まれる。1939年、ヒトラーによるオーストリア占領により、レッシングは高校の卒業を待たずに、イスラエル(当時、イギリス委任統治領パレスチナ)への移住を強いられた。母親はウィーンにのこり、アウシュヴィッツの犠牲者となった。ハイファにある工科大学で学び、キブツで働くが、兵役後には生活のためにタクシーの運転手もしていた。

第二次世界大戦中、飛行士、写真家として英軍に従軍し、1947年にウィーンに戻る。その後Associated Pressに記者・写真家として勤め、マグナム創設者の一人のデビッド・'シム'・シーモアの招きでマグナムに参画、1955年にマグナムの正会員になる。レッシングは北アフリカとヨーロッパの政治事件を取材し、東欧の共産主義時代をLifeやEpoca, Picture Post,Paris-Matchなどで発表した。1956年のハンガリー動乱の写真は、反乱の最初の日々の期待と、幸福感の記録となっている。残虐な弾圧による苦しみと懲罰がもたらされたのはそのすぐ後であった。

その後レッシングは、変革をもたらすものとしてのフォトジャーナリズムの力に幻滅し、主題を美術や科学、歴史へと変えた。大判のカラー写真を専門にして、40冊以上の本を出版、文化を扱う写真家として世界中に知られるようになった。

アルルや、ヴェネツィア・ビエンナーレ、UNIDO(国際連合工業開発機関)の専門家としてインドのアフマダーバード、ザルツブルグ・サマーアカデミー、ウィーン工藝大学で写真を教え、受賞暦多数。ユネスコの国際博物館会議とその専門委員会であるCIDOC(ドキュメンテーション委員会)会員。